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以前 Kituno 様のブログに1・2度コメントした いわお です。
去る3月15日晩、NHK総合TVのNHKスペシャルで「法隆寺金堂再建の謎」が放映されました。
(ご承知の方は以下読み飛ばしてください)
昨年終了した金堂の修理工事の際に、金堂天井板の年輪パターンを解析した結果、この材が調製された年代は668年と判明したとのことです。日本書紀にある天智 9(670)年の法隆寺全焼の2年前、したがってこの建物はこの時点でほぼ形を成していたと考えられ、他の発掘調査とも照し合せて、このとき焼けたのは、現在東院(夢殿)のあたりにあった若草伽藍と考えられるという結論でした。
現在金堂となっている建物は、天智天皇が聖徳太子の徳を、太子になぞらえた釈迦三尊像ほかを展示してたたえ、諸豪族に結束を説く場として若草伽藍の傍に建てられたことから始まるということであると、私は理解しました。、
(追記)梅原猛著「隠された十字架」(この本で、私は多少法隆寺に興味を持つようになりました)では金堂の本尊は再建後、他の寺から移されたと想像していますが、上記によればこの点は無理なく説明されると思います。だだ、鎌倉時代に製作(1232年)された阿弥陀如来像のところに従前置かれていたのは、台座の塗り残し部分の寸法から、夢殿の救世観音と推定していましたが、金銅仏と木佛(金銅のような外観に仕上げてある)の取り合わせは少々違和感があります。
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